方法の解説

こちらも参考にしてみてください>>> web改修 前の「観察の例」 ※ブログページ

どうして絵画鑑賞なの?

ブリタニカ百科事典のウェブ版で「Physiology(生理学)」のところを見ると、脳の情報処理に関する記述があります。それによると、ヒトの脳は毎秒1120万ビットの情報を五感などから受け取ります。そのうちの約9割、1000万ビットが視覚からの情報となっています。ちなみに、ヒトが意識的に認識できる情報量は毎秒50ビット、つまり単純計算すると、4ppm程度の情報にまで圧縮(取捨選択)して利用していることになります。

瞬時に情報を取捨選択するプロセスを、神田は「知覚」としています。

視覚情報の処理の脳力を鍛えることが、知覚を鍛えることになります。そして、絵画作品はその視覚情報そのものです。一般的な視覚情報と違う点は、「動かない」「変化しない」ということです。特に古典的な作品、伝統的な技法に即した作品ではそうです。(※そうした類の作品が知覚を磨く素材に適しています)

今日、多くの人が目まぐるしく変化する情報に、日常的に接して暮らしています。ヒトの眼は静止しているものよりも、動いているものの方に気を取られる(意識を傾ける)ようになっています。(生物として、周囲に身の危険があるかどうか、本能的に反応します。)

 実は、動いている対象に限らず、私たちの目や意識は、静止しているものであっても、憶測や先入観で見ているため、しっかりと対象を捉えているわけではありません。その意味でも、ゆっくりと時間をかけて練習が可能な、絵画を使った練習は効果的です。

基本(4つのキーワード)

「10分」「感じる」「記憶する」「伝える」

4つのキーワードを解説します。

【10分間、観る】

「アクティブ」とは、「じっくり観察する」ということです。

10分かけてピカソの「1秒」に挑戦してみましょう。

『モナ・リザ』を見る人の平均鑑賞時間は「15秒」です。ニューヨークのメトロポリタン美術館の来場者の1作品あたり平均鑑賞時間は「30秒」。「10分」は想像を超える時間です。

15秒や30秒は普通とも言えますが、そこには思わぬ落とし穴が隠れているかもしれません。

現代社会を表わす言葉に「消費社会」があります。國分功一郎は『暇と退屈の倫理学』で「消費」を一種の依存症のように捉えています。何か(新しい服)を手に入れたときに、手に入れることが目的になって、そのもの(服)を使ったりする満足から切り離され、もっともっとと、新しいものが欲しくなる状態を「消費社会」として説明しています。

「落とし穴」というのは、もっと何か刺激が欲しい、無意識のうちに、もっともっとと次々に刺激を求めるような欲求に駆られる状態になってしまうということです。

ここで「アクティブ」とは、次から次へと素早く見るということではありません。鑑賞者の主体性を表わしています。時間をかけてじっくり見る。見ることに対する能動性を指しています。


【五感で感じる】

「アクティブ」とは、「積極的に感じる」ということです。

視覚情報から音や香り、手触りなどの感覚が誘発されるのを感じてみましょう。

「美を感じ取る」というのが絵画鑑賞の基本的な態度です。とはいえ、美術表現が多様になり、自分の趣味に合わない作品に出くわすことも珍しくないと思います。ルネサンス以降500年の美術史を振り返ると、「理想的な美」が「退屈なもの」「自分のリアリティとは違うもの」というような捉えられ方をするようにもなりました。

伝統絵画の中にも、喜怒哀楽、さまざまな表情とともに人の姿が表現されています。そのどれもが「美しい」ものに見えるとは限りません。「美」は「醜」との比較において「美」ともいえます。道徳や戒律などを絵解きするような絵画では、「美」よりも「醜」、あるいは残忍な表現が重要かもしれません。そうしてみると「美」そのものが様々な表情の1つの形式だと分かります。

「美」だけではなく、絵画鑑賞の中で、自分が何を感じているかに意識を集中してみましょう。描かれた場面を具体的に感じるには、視覚情報を通して、手触りや香り、音などの連想することが手助けになります。


【視覚を記憶する】

「アクティブ」とは、「見逃さない」ということです。

「見逃し」は見えているのに見えていない(記憶に残っていない)状態を指します。

印象深い人や物の様子を、後から思い出せるくらい、写真のように記憶してみましょう。

『知覚力を磨く』「観察力を磨く名画読解」に共通するポイントは全体を詳細に把握することです。

「詳細に把握する」とは、ハンバーグ弁当(鑑賞)に喩えるなら、「ハンバーグを食べて終わり」(ハンバーグの良し悪しのみに注目)にせず、「その他の漬物や総菜もよく味わって食べる」(弁当全体の味の構成、消化を助ける野菜類などを含めて弁当全体に関心を持つ)ことです。

視覚情報を記憶しようとすると、作品を観ながら考えたり話したりするのとは違い、意識的に観るようになります。「ピカソ効果」は、記憶を思い出すプロセスで強く感じられます。


自分なりに手順を決めて鑑賞すると、見逃しが少なくなります。「ゆっくりピカソ」の観察ステップを参考にしてみてください。


【白鳥さんに伝える】

「アクティブ」とは、「誰かに向けて発信する」ということです。

映画『目の見えない白鳥さんとアートを見にいく』の主人公の「白鳥さん」に話しかけるように、作品の印象を誰かに伝えて(書いて)みましょう。

映画の中で美術館の学芸員が、鑑賞会で白鳥さんに話しかける他の鑑賞者は、自然に、とても基本的な部分から観察し説明するようになる。と感想を述べています。

そうした態度で臨むと、自然に、詳細に観察するようになります。

4つの観察ステップ(手順)

[※] 注意

① 観察の前に「題名」「作者」「解説」は見ないようにします。事前の「情報なし」で見ることはとても大切です。観察を終了した後、第一印象と観察結果を比較してみるときに、自分の知覚の癖(バイアス)が認識しやすくなります。

② 4つのステップは、大まかな流れです。全体を見たら部分を見て、また全体を見て、という具合にステップを繰り替えしたり、前後したりしながら観察する方が、観察し易いと思います。

③ 「10分」は目安です。たまには、時間の許す範囲で、自分が納得する解釈に至るまで時間をかけてみましょう。

[1] 全体を見る

まず、第一印象を感じます。自分が直観的に何を感じたかを、気に留めておきましょう。

次に、「いつ」「どこ」「だれ」「なに」を、画中の出来事を把握します。第一印象が「主観」だとすれば、こちらは「客観」が重要になります。

「いつ」

春夏秋冬、朝昼晩夜、時間や季節など、描かれている事実をもとに判断します。服装などが、画中の出来事の時代のヒントになるかもしれません。

「どこ」

屋外、屋内、森の中、海辺など、できるだけ具体的に把握します。ただし、「教会」や「王宮」など、憶測を混ぜて判断するのは控えます。例えば、「パルテノン神殿の庭先」ではなく、「ギリシャ風の列柱が並ぶ、石造の大きな建物の前」といった感じです。

「だれ」

「王様」「女王」「家族」「恋人」などと属性や身分などを特定する前に、「大人の男性が何人、女性が何人」「子どもが何人」といった感じで全体を把握します。あまりにも登場人物が多いときは、ある程度グループ分け、例えば「同じ白い装束を着た人が20人くらい」という具合で良いでしょう。

「なに」

人物がたち野球のユニフォームを着て、バットとグローブで・・・というように、動作の内容が明らかな場合を除いて、何をしているかは、人物やグループ単位でどのような動作をしているか観察します。

「なぜ」

動作の理由などは、観察から即座に分からないと思います。[4]の分析の段階で考えることにします。


[2] 細部を見る

まず、作品の中心(人物)を細かく見ます。[1]の全体把握で、「このあたりが絵の主題の中心だろう」という見当がつきます。分からないときは、物理的に画面の中心あたりに、詳細に描画されている人物を観察します。

次に、周辺部も同様に何が描かれているか、隅の方や暗い影の部分も見ます。お芝居の舞台に喩えるなら、大道具や小道具の類です。部屋の隅に何か大事な物がないか、注意して見ます。要領が分からいときは、物理的に絵画の四隅のあたりを見ます。

先入観を脇において、物理的に画面すべてに目を向け、見落としのないように気を付けます。


[3] 一歩下がって見る

物理的に少し離れたところから全体を見ます。重要な部分を整理して記憶します。

画中にいくつかの出来事がある場合は、場面構成も記憶します。場面構成は絵の内容を伝える大事な要素です。例えば、「昼間の広場の様子。画面右手には果物やパンを食べて歓談する若い男女4名のグループ。奥の方には走り回る子どもの姿。」といった感じです。


[4] 分析する

分析とは、解釈することです。まずは、第一印象を立証(理由付け)するように分析を進めてみます。作品によっては、小道具を考慮に入れると、第一印象での全体の解釈とは違ってくる可能性があります。1つの解釈に終わらず、多様な解釈の可能性を検討することが重要です。ワークシートなどを利用して、分析してみると良いでしょう。

ワークシート

「ゆっくりピカソ」の手書きワークシートです。A4サイズでプリントして使ってみましょう。

1枚書くのに20分くらいはかかると思います。

書くことを通して、新たな気づきが得られることもあります。一度試してみてはいかがでしょうか。