ロットとピアジェ
[Beau Lotto][Jean Piaget]の二つのキーワードで検索してみても、芳しい情報はヒットしてきませんでした。結論的には、ロットはピアジェの理論に直接的な影響を受けてはいない。ということかもしれません。(ピアジェ(1896~1980)、ロットが大学を卒業したのが1991年ですから、接点はありません。)
ピアジェは、生物学の研究から始め、やがて、認知科学の研究に移りました。ロットも、もとは生物学の出身で、神経科学の研究者になりました。両者は生物学を基礎としているためか、学習と発達について似たような考え方をしています。
人の卵子が卵割を繰り返して、やがて、ヒトの赤ちゃんになって生まれます。ヒトの成長・発達を、両者は、その変化の過程と同様に考えています。ロットは、「学習」「発達」「進化」は環境への適応という意味では同じで、時間が短いのが「学習」、次いで「発達」、生物種を超えるような時間の長さの適応を「進化」としています。ピアジェは、「学習」を「発達」の構成要素の1つとしています。
両者の違いは、注目する期間の違いにあります。人の一生を、幼年期、青年期、壮年期、老年期と分けてみた場合に、ロットの関心は青年期以降、ピアジェの関心は、幼年期~青年期となります。
ロットはピアジェの理論には言及していませんが、基本的にはピアジェが「同化」を説明するときに使っている概念式と同じ考え方で、ロットの考えも理解できると思います。
T+I→AT+E
T:構造、I:統合される物質(またはエネルギー)、A:1より大きい係数
E:排除された物質(またはエネルギー) (ピアジェp28)
この関係式は、「ごはんを食べて成長する」という誰もが普通に経験することとして、私は理解しました。ピアジェはこの関係式を行動(身体の活動、脳内の知的活動)にも当てはめて考えました。例えば、バスケットボールでシュートの練習をするとします。はじめのうちはゴールに入る確率は低くなります。練習(学習)を重ねることで、徐々に、その人の能力の範囲で上昇します。数学の問題でも同じように考えられます。言葉の獲得も同じです。成功したと感じた経験値は統合され、失敗の経験値は排除されます。
ピアジェは幼年期、成長過程の話ですが、ロットは、成人の知覚を変化させる方法について、似たような方法で説明しています。一言で言えば、脳の知覚のプロセスに試行錯誤のプロセスを意図的に起こすと、知覚が変化するという仕組みになっています。
ロットの考えで重要なのは、成人した人の脳でもそれが可能だということです。1960年代からマリアン・ダイアモンドなどの科学者の研究により、脳の発達と衰微について、それまでの理解が変化しました。ロットは、人の脳には「生涯にわたって発達する部位」があり、「人間の発達が一生続くことは明らか」だと述べています。(ロットp112)
言葉としては、ロットの「innovation(革新)」は、ピアジェの「invention(発明)」の使い方(状態の表現)と似ています。
教育の過程は、何をどの順番で教えるかは決まっています。小中学校の学科のカリキュラムは、子どもの発達過程に合わせて計画されています。教育者(大人)の側から見れば、その過程で出てくる物事は既知の情報ですが、子どもの側から見たらどれもこれも未知の情報です。ピアジェは、子どもが発達する過程で、新しい物事を習得することを「invention(発明)」と表現しています。「発見する」という方が日本語ではピンとくるかもしれません。
ロットは、日常的に身に着けた常識に対して、疑問を持ち、「なぜ?」と問うことから知覚の変化が始まるとしています。そして、脳が試行錯誤する過程で、それまでの常識とは違う価値に気づくと、常識の中身が変化し、「invention(発明)」を起こす可能性が高くなると述べています。ロットの場合は、新しく起きている環境の変化への適応ですから、結果は見えていないという意味で未知の領域の中でどのように思考するかということです。
ピアジェの理論を子どもの視点から捉えれば「未知の領域でどうすればいいか」ということで、ロットの場合も「未知の領域でどうすればいいか」という点で、当事者にしてみれば同じことです。
人間が生物である以上、そして、今生きている人の遺伝子は死ぬまで同じ配列のままである以上、環境の変化への適応は、生物の発達や進化と同じ型として捉えることができます。そうした、もっとも基本的な部分で、ピアジェとロットは共通の意識を持っているように思われます。
両者に共通する認識を土台にして考えると、アビゲイル・ハウゼンのVTSの論理と、エイミー・ハーマンと神田房枝の「知覚を磨く」ための理論が同じ型として捉えられると思います。
『脳は「ものの見方」で進化する』ボー・ロット2017
『ピアジェに学ぶ認知発達の科学』訳文:中垣啓2007(原文「Piaget’s Theory」 Jean Paget 1970)
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